介護は突然やってくる|母の変化と向き合い始めた日の記録

美容院でパーマをかけ、少し不安そうな表情を見せる高齢の母
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介護は、ある日突然やってきた

「介護は突然始まる」とは、よく聞く言葉ですが、実際にその場面に直面すると、頭で理解していた以上に心が追いつかないものだと感じました。

母はそれまで、大きな病気もなく、年齢なりの衰えはあっても、日常生活は大きな問題なく送れていました。だからこそ、「介護」という言葉は、どこか遠い世界の話のように感じていたのだと思います。

けれど、ある日を境に、今まで当たり前だった日常が、少しずつ揺らぎ始めました。特別な出来事があったわけではありません。ただ、「何かが違う」という感覚だけが、静かに積み重なっていったのです。

介護は、劇的な出来事から始まるとは限らず、気づいたときにはもう始まっている——そんな現実を、私はこのとき初めて実感しました。

小さな違和感の積み重ね

最初に感じた違和感は、本当に些細なものでした。

同じ話を何度も繰り返したり、身支度に時間がかかったり。

「年齢のせいかな」「今日は疲れているだけかもしれない」
そうやって理由をつけては、自分の中で納得しようとしていました。

けれど、その違和感は消えることなく、日を追うごとに少しずつ増えていきました。
昨日までできていたことが、今日はうまくいかない。母自身も戸惑っている様子で、その姿を見るたびに、胸の奥がざわつきました。

はっきりと「介護が始まった」と言える瞬間はありません。ただ、小さな違和感が積み重なり、気づけば「今までと同じではない」場所に立っていた——それが、私にとっての介護の始まりでした。

美容院で気づいた母の変化

ある日、一緒に美容院へ行ったときのことです。
パーマをかけ、きれいに整えてもらっている母の姿を、鏡越しに見た瞬間、ふと胸が締めつけられるような感覚に襲われました。

身だしなみは整っているのに、どこか不安そうな表情。
周囲の様子を気にしながら、何度も私の顔を確認する母の姿に、「今までと同じ感覚ではない」という現実を突きつけられた気がしました。

「大丈夫だよ」「きれいだよ」

そう声をかけながら、励ましていたのは、もしかすると母よりも自分自身だったのかもしれません。
日常の中の何気ない場面で、ふと気づく変化。
それが一番、心に残るものなのだと感じた出来事でした。

介護は準備する前に始まる

介護について、何も考えてこなかったわけではありません。
ただ、それは常に「いつか先の話」でした。
制度やサービスの名前は聞いたことがあっても、自分が当事者になるとは、どこかで思っていなかったのだと思います。

実際に向き合い始めると、分からないことだらけでした。
何から手をつければいいのか、どこに相談すればいいのか、この先どうなるのか——考えれば考えるほど、不安が増していきました。

介護は、準備が整ってから始まるものではなく、生活の途中に、突然入り込んでくるもの。だからこそ、戸惑いや不安を感じるのは、自然なことなのだと、今では思います。

「できていたこと」ができなくなる瞬間

介護の中で一番つらかったのは、「できなくなったこと」そのものよりも、母自身がそれを自覚していく過程でした。

今まで当たり前にできていたことが、うまくいかない。そのたびに、申し訳なさそうな表情を浮かべる母を見るのが、とても苦しかったのです。
「大丈夫だよ」と声をかけながらも、心のどこかで、もう元には戻らないのかもしれないという思いがよぎりました。
その現実を、母よりも先に受け止めなければならない場面が増えていったのです。
介護とは、誰かの衰えを見守るだけでなく、変化を受け入れていく時間でもあるのだと、少しずつ実感していきました。

介護をする側の心も揺れる

介護は、体力的な負担だけではありません。
むしろ、気持ちの揺れの方が大きいと感じることもあります。

優しくしたい気持ちはあるのに、余裕がなくなる日。
思わず強い口調になってしまい、あとから後悔する夜。
そんな自分を責めてしまうこともありました。

けれど、介護は常に冷静でいられるものではなく、感情が揺れてしまうのも自然なことなのだと思うようになりました。完璧な対応を目指すより、「今日はこれでよし」と自分を許すことも、介護を続けるために必要なのだと感じています。

それでも、日常は続いていく

介護が始まっても、生活そのものが止まるわけではありません。
ごはんを作り、洗濯をし、いつもの一日が淡々と続いていきます。

最初は、その「普通の日常」が、かえって不思議に感じられました。
こんなに気持ちが揺れているのに、時間は変わらず進んでいくのだと。

でも、その日常があるからこそ、心が少しずつ落ち着いていったのかもしれません。
介護は特別な時間でありながら、同時に生活の一部になっていく——そんな感覚を覚えています。

介護が始まった今、思うこと

この経験を通して強く感じたのは、介護は誰にとっても他人事ではないということです。
ある日突然、当事者になる可能性は、誰にでもあります。

不安や戸惑いを感じながらでも、完璧でなくても、その時々でできることを積み重ねていく。
それで十分なのだと思えるようになりました。

この記録が、これから介護と向き合う誰かの「自分だけじゃない」という気持ちにつながれば嬉しいです。

よくある質問(介護が突然始まったときの不安についてのFAQ)

Q1. 親の介護は本当に突然始まるものですか?

A. はい、多くの場合「気づいたら始まっていた」という形が多いと思います。

大きな出来事がなくても、生活の中の小さな違和感が積み重なり、ある日「今までと違う」とはっきり感じる瞬間が訪れます。

介護は準備が整ってから始まるとは限らず、日常の延長線上で静かに始まることが多いと感じています。

Q2. どんな変化があったら、介護を意識したほうがいいですか?

A. 同じ話を何度も繰り返す、身支度に時間がかかる、表情に不安が見えるなど、以前と違う様子が続く場合は注意が必要です。

一つ一つは些細でも、「前と違う状態」が続くこと自体が大切なサインになるように思います。

Q3. 介護が始まったと感じたとき、最初に何をすればいいですか?

A. すぐに完璧な対応をしようとしなくて大丈夫だと思います。まずは様子をよく観察し、無理をさせないことを意識するだけでも十分です。

必要に応じて、かかりつけ医や地域包括支援センターなど、相談できる場所を調べておくと介護者の安心につながります。

Q4. 介護をする側が気持ち的につらくなるのは普通ですか?

A. とても自然なことだと思います。介護は体力だけでなく、感情の揺れも大きくなりやすいものです。

優しくしたい気持ちと余裕のなさの間で揺れるのは、多くの介護者が経験していると思います。

自分を責めすぎず、「つらい」と感じている自分も受け止めることが大切だと感じています。

Q5. 親ができなくなっていく姿を見るのがつらいとき、どう向き合えばいいですか?

A. 無理に前向きになろうとしなくていいと思います。
私の場合は、できなくなったことに目を向けるより、「今できていること」を大切にする視点が、少し心を軽くしてくれました。

時間をかけて、少しずつ受け止めていくことも、介護の一部だと感じています。

Q6. 介護は完璧にやらなければいけませんか?

A. 完璧を目指す必要はないと思います。
その日の体調や気持ちに合わせて、「今日はここまでできた」と区切りをつけることが、大切に思います。

介護は力を抜くことも必要だと感じています。

Q7. 介護が始まった今、心がけておくとよいことはありますか?

A. 「一人で抱え込まないこと」が一番大切だと思います。
家族、専門職、サービスなど、頼れるものを少しずつ増やしていくことで、気持ちに余裕が生まれます。

介護は一人で頑張るものではなく、支え合いながら続けていくものだと感じています。





美容院でパーマをかけ、少し不安そうな表情を見せる高齢の母

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90代の母を在宅介護する筆者

いとう よしみ

90代・要介護4の母を自宅で介護しながら、実体験をもとに
「無理をしない在宅介護の工夫」を記録・発信しています。

介護の現場で本当に役立った
介護保険サービスの使い方、在宅介護に便利なグッズ、
生活を少し楽に整える工夫を、体験ベースでわかりやすくまとめています。

同じ立場の家族介護者が、
「自分だけじゃない」と感じ、
少しでも気持ちを軽くできるような情報を大切にしています。

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