19歳の愛犬クロちゃんと過ごした、最期の時間
我が家のブラックのトイプードル、愛犬クロちゃんは19歳でした。6月に入ってから、少しずつ様子が変わってきたのを感じていました。
歩く姿はヨボヨボで、見ているこちらが心配になるほどでしたが、それでも毎朝起きて、いつものようにリビングへ向かおうとしていました。
その途中で突然ぱたっと倒れ、思わず抱き上げると、クロちゃんの体の力は抜けていました。慌てて名前を呼ぶと、目はしっかりとこちらを見ていたので、そのまましばらく腕の中で抱いていました。
高齢の愛犬と向き合う時間は、不安と祈るような気持ちが入り混じった、忘れられない時間です。
「まだ大丈夫かもしれない」と思ってしまった私
しばらくすると、クロちゃんは自分から降りようと動き出しました。床にそっと下ろすと、ヨロヨロしながらも水を飲みに行き、リビング横のいつものマットに横になりました。
その姿を見て、「まだ大丈夫かな」と思ってしまったのが正直な気持ちです。高齢だから仕方がないと思いながらも、どこかで回復を期待していました。
その後、やはり今日の様子はおかしいということで、息子が病院に連れて行ったのですが、そこから一気に状態が変わっていきました。
介護をしていると、現実を受け止めきれず、希望と不安の間で揺れる瞬間があるのだと、あらためて感じました。
家族で交代しながらの、静かな介護の日々
それからの日々は、息子と交代しながら、クロちゃんにつきっきりで過ごしました。
流動食やお水をスポイトで少しずつ与え、飲めるかどうかを何度も確認する日々です。最初はなんとか口にしてくれていましたが、それも徐々に難しくなっていきました。「もう無理に飲ませなくていいよね」と話し合いながら、次第に、何かをしてあげるよりも、ただそばにいる時間が増えていきました。
静かな介護の時間の中で、一緒に過ごすことそのものが、クロちゃんにとっても、私たちにとっても一番大切なのだと感じていました。
腕の中で、眠るように
最期の時間は、本当に静かでした。
クロちゃんは苦しそうな様子を見せることもなく、私の腕の中で、眠るように息を引き取りました。スーッと力が抜けていく感覚を、今でもはっきり覚えています。
その日の夜と、次の日の夜も、いつものように隣で眠りました。もう動かないと分かっていても、そうせずにはいられませんでした。
長い時間を一緒に過ごした家族として、最期までそばにいることが、私なりの送り方だったのだと思っています。
小さな骨壷を抱えて帰るということ
翌日、これまで我が家で飼ったペットたちをお願いしてきた、平和会ペットメモリアルパークにお願いし、葬儀を行いました。
小さな骨壷を抱えて帰宅したとき、「当たり前にいた家族がいない」という現実が、胸に重くのしかかりました。存在の大きさは、失って初めて気づくものだと痛感しました。
静まり返った家の中で、クロちゃんがもう戻らないことを、少しずつ受け止めていく時間でもありました。

45年ぶりの「愛犬がいない家」
私は、ほとんど愛犬がいない期間なく生きてきました。一匹もいない生活は、この45年で初めてです。
正直、とても寂しい気持ちでいっぱいでした。クロちゃんがいつもいたリビングの定位置に姿がないだけで、涙がこぼれてしまいます。
日常の中に自然に溶け込んでいた存在が、どれほど大きかったのかを、毎日の生活の中で思い知らされています。
書けなかった時間も、大切な時間だった
ブログを書こうと思っても、気持ちが追いつかず、下書きばかりが増えていきました。
言葉にするには、時間が必要だったのだと思います。今振り返ると、書けなかった時間も、悲しみと向き合うために必要な大切な時間でした。
無理に前を向こうとせず、立ち止まることも、喪失を受け入れる過程のひとつなのだと感じています。
お盆には、帰っておいで
お盆が近づくと、自然と声をかけたくなります。
我が家にいた愛犬たち、みんな戻っておいで、と。
クロちゃんも、きっといつもの場所に帰ってきてくれると信じています。姿は見えなくても、心の中では今も一緒です。
こうして言葉にすることで、少しずつ気持ちを整えながら、これからも大切な思い出として抱えていきたいと思っています。

