在宅介護をしていると、「どう接するのが正解なのか分からない」と感じる瞬間が、何度も訪れます。
90歳になる母は、両足の手術を経験し、今も前向きにリハビリに取り組んでいます。
ただ、年齢のこともあり、若い頃のように目に見える成果がすぐに出るわけではありません。
そんな日々の中で、私は次第にこう考えるようになりました。
「何をすれば良くなるか」よりも、「母はいま、どんな世界を生きているのだろうか」と。
リハビリや認知症予防の方法を探す前に、まずは母の“感じている世界”を知ること。
そこから、我が家らしい介護の形を考えてみようと思ったのです。
限られた毎日をより良くするために ― 母の“今の世界”を知ることから始める
介護する側にも介護される側にも、今日という日は一度きり。これから認知症が進む可能性もあるなかで、まずは母が今どんな世界にいるのか、何を感じているのかを知ることが大切だと考えるようになりました。
そんなとき、マーケティング仲間から紹介されて出会ったのが
『認知症世界の歩き方』(筧裕介/認知症未来共創ハブ監修)
という本です。
この本を読み進めるうちに、それまで疑問だった「なぜそうなるの?」がスッと理解でき、まるで認知症の世界を旅するような気づきがたくさんありました。
そこに描かれていたのは、母の姿であり、未来の自分の姿でもあるように感じたのです。
本に登場する“認知症の世界”の例と気づき
ミステリーバス(記憶が徐々に薄れていく世界)
なぜ自分の行動を忘れてしまうのかを世界の仕組みとして理解できます。
この章では、認知症のある人が「さっきの行動を忘れてしまう」状態を、バスの中で徐々に景色が見えなくなる世界として描いています。
本人は“忘れようとしている”のではなく、記憶をつなぐ力が弱くなっているだけ。だからこそ、責めるのではなく「そういう世界にいるんだ」と理解することが大切だと気づかせてくれる章です。
介護者にとっても、思い出せない不安や戸惑いを想像する手がかりになります。
アルキタイヒルズ(あてもなく歩き回ってしまう街)
目的を忘れ、歩き続けてしまう理由がイメージしやすくなります。
目的地があったはずなのに途中で忘れてしまい、歩き続けてしまう状態を、迷路のような街として表現しています。
認知症のある人は「特に意味なく徘徊している」のではなく、脳内の“目的にたどり着く地図”が曖昧になっているだけ。
歩くことで安心を探している場合もあります。介護者が「なぜ歩くのか?」を理解することで、危険を避けつつ寄り添ったサポートにつながることを教えてくれる章です。
顔無し族の村(顔の区別がつかない世界)
親しい人の顔すら分からなくなる理由が感覚的に理解できます。
この世界では、人の顔が“のっぺらぼう”に見える設定で、認知症のある人が家族や知人の顔を認識しにくくなる理由を体験的に表しています。
相手を忘れたわけではなく、顔の特徴を結びつける脳の処理が弱くなるためです。そのため、介護者は名前をやさしく伝えたり、声や雰囲気で安心してもらうことが助けになると理解できます。
悲しみより、「こう見えているんだ」と思える一章です。
七変化温泉(入浴時の感覚が大きく変わる世界)
お風呂を嫌がる背景に“感じ方の変化”があることが分かります。
入浴時のお湯の温度や感触が「熱い」「冷たい」「痛い」など、毎回違うように感じてしまう世界として描かれた章です。
大好きだったお風呂を急に嫌がるのは、気まぐれではなく“感覚が過敏になったり不安が強くなる”ため。
介護者にとっては、入浴介助の難しさの理由を理解し、「今日は無理しない」「ゆっくり慣らす」など柔軟な対応が出来るようになる気づきをくれます。
トキシラズ宮殿(時間が一定に進まない世界)
火の消し忘れや予定が分からなくなる理由に納得できます。
時間が伸び縮みし、時計が正しく動かない宮殿として、認知症の方が“時間の感覚をつかみにくい”理由を示しています。
これにより、火を消し忘れたり、予定を忘れたり、過去と現在が混ざってしまうことが起きます。
この世界観を知ることで、介護者は「何度も同じことを聞く」「さっき言ったことを覚えていない」理由を理解し、穏やかに接する余裕が生まれる章です。
服ノ袖トンネル(同じ服ばかり着てしまう世界)
なぜ“お気に入りの1着”から抜け出せないのかが理解できます。
一本道のトンネルの中で“同じ服しか選べない”世界として描かれています。
認知症のある人は、複数の選択肢を比較することが難しくなり、結果として同じ服を安心して選び続けてしまいます。こだわっているのではなく、“選ぶ”という行為が負担になるためです。
介護者としては、選択肢を減らしたり、あらかじめコーディネートしておくことで、スムーズに身支度が進むことを理解できる章です。
カクテルバーDANBO(音がすべて入り混じる世界)
周囲の話に集中できない原因がイメージできます。
この章では、店内のあらゆる音が混ざり合い、どれが自分への言葉か判別しづらい世界が描かれています。
認知症のある人にとって、複数の音や会話が一度に入る環境はとても負担が大きく、集中して話を聞けない状態になります。「返事が曖昧」「話がかみ合わない」のは、理解力の問題ではなく“聞こえ方の世界が違う”だけ。
静かな場所や、ゆっくり話す工夫が大切だと気づける章です。
認知症予防としてよく言われる5つの取り組み
- 外出する機会を増やす
- 人と話す時間をつくる
- 規則正しい生活と持病の治療
- 聴力低下と歯のかみ合わせを確認
- バランスの良い食事を意識する
どれも特別なことではありませんが、日々の積み重ねが安心につながると感じています。
ぼんやり、物忘れの認知が深刻になってきた頃の記録はこちらから
▶ 母との毎日 ― 認知症予防と食・会話で支える在宅介護の工夫
「我が家らしい介護スタイル」を探しながら
今日という日はもう二度と戻りません。だからこそ、良いと言われることや気になったことを少しずつ試し、母に合う方法を探していきたいと思っています。
たとえ家族でも、誰かの世界を完全に理解することはできません。
でも、“知ろうとする姿勢”は安心や穏やかな時間を生みます。
母がより心地よく過ごせるように、そして介護を続ける私自身も無理なく続けられるように、小さな工夫を積み重ねていきたいと思っています。

