頭ではわかっていても、心は拒んでいる
母がまだ杖をついて歩けていた頃のことです。
トイレには行ける。けれど、間に合わない失敗が少しずつ増えてきました。
本人も、どこかで気づいていたのだと思います。
「このままでは大変になる」ということを。
でも、「パンツ型のおむつにしてみない?」と声をかけると、途端に表情が変わり、強く拒否されました。
怒っているというより、傷ついたような、悔しさをこらえているような顔でした。
失敗したあと、黙って背中を向ける母の姿を見たとき、私は思いました。
これは「説得」ではだめだ。
本人が納得できる“理由”がなければ、前には進めない。と
なぜ「正論」では前に進めなかったのか
- 安全のため。
- 失敗を防ぐため。
- 介護を続けるため。
どれも間違っていない正論です。
でも、その正しさは、母の心を軽くするものではありませんでした。
必要だったのは、「納得できる理由」と「自分で選んだと思える形」。
私はそこで、伝え方そのものを変えようと決めました。
昭和一桁生まれのプライドと、「おむつ」という言葉
昭和一桁生まれの人にとって、「おむつ」という言葉は特別です。
それは赤ちゃんのもの。
あるいは、「もう終わり」を意味するもの。だから拒否するのは、わがままでも、意地でもありません。
それまで必死に生きてきた人生の中で培われた、誇りそのものなのだと思います。
「おむつ=終わり」という世代の記憶
その言葉を身につけることは、
「できなくなった自分を認めること」
「役割を降りること」
に近かったのかもしれません。
だから私は考えました。
おむつとして勧めるのではなく、「今の生活を快適にするための、新しい下着」として伝えよう、と。
「切り替え方」を変えようと思った理由
私が意識したのは、
- 一度に説得しないこと。
- 正論をぶつけないこと。
1日1つだけ、しつこくならない程度に。
毎日少しずつ、母の中のイメージを書き換えていく。
- 急がない。
- 追い詰めない。
- 「決めるのは母」という形を崩さない。
我が家の成功例|1日1項目、焦らない「刷り込み」戦略
自尊心を守るために、私が決めた4つのルール
① 時代の変化を伝える(「みんなの選択」にする)
「最近はね、洗濯が大変だから、同年代の人もみんな切り替えてるみたいよ」
- “あなたの問題”ではなく、
- “みんなの選択”として伝える。
これだけで、受け取り方はずいぶん変わります。
② 素材の良さを強調する(「大切にされている」メッセージ)
「年を取ると肌が敏感になるでしょう?研究された蒸れない素材で作られてるパンツがあるの」
- 「少し高いけど、お母さんにはそっちの方がいいと思う」
大切にされているという気持ちを、言葉に乗せました。
③ 言葉を変える(介護用品ではなく「身に付けるもの」へ)
「おむつ」という言葉は、使いませんでした。
- 「高齢者用高機能パンツ」
- 「新しい高齢者用下着」
呼び方を変えるだけで、介護用品ではなく、選んで身につけるものになります。
④ 失敗への不安を「機能」で包む(安心を差し出す)
「もし間に合わなくても、これなら吸収してくれるし、お尻がサラサラなんだって」
- 失敗を責めるのではなく、安心できる未来をそっと差し出す。
こちらから勧めなかったからこそ、届いた言葉
そんなやり取りを続けていたある日、母がぽつりと言いました。
「……それなら、履いてみようかな」
こちらから強く勧めたわけではありません。
母が、自分で決めたのです。
この「自分で決めた」という形が、何より大切でした。
切り替えたあとに、現実として立ちはだかったこと
母が新しいパンツを受け入れてくれたあと、次に困ったのは、実際のおむつ交換でした。
特に最初の頃は、
- 漏れてしまう
- 交換に時間がかかる
- こちらの気持ちに余裕がなくなる
といったことが重なりやすくなります。
力を入れすぎず、毎日の排泄ケアを続けるために、実際に役立った工夫はこちらにまとめています。
▶︎ おむつ交換をラクにする介護の工夫|私が続けられた3つの方法
パンツ型に切り替えたあとも、場面によって悩みは変わっていきました。
🩲 漏れが気になるとき
▶︎ おむつ交換で失敗しないために|要介護4の在宅介護で学んだ「漏れない」パッドの当て方と便処理
🩲 夜間のトイレ介助がつらくなってきたとき
▶︎ 夜間のトイレ介助をラクにする5つの工夫|在宅介護5年の体験から分かった負担軽減のコツ
🩲 軟便対応が精神的に一番きつかったとき
「パンツからおむつへ」ではなく、「今に合った選択へ」
介護では、正論が正解とは限りません。
大切なのは、本人が「それならいいわね」と思える理由を用意してあげること。
逃げ道があるから、前に進める。
納得できる理由があるから、自尊心が守られる。
パンツからおむつへ、ではありません。
今の自分に合った、より快適な選択へ。
1日1歩で大丈夫です。
焦らなくていい。
お互いの笑顔を守るための、
やさしい「伝え方」が、在宅介護を少しだけ楽にしてくれると、私は感じています。
FAQ(よくある質問)
Q1. 親がおむつを強く嫌がる場合、どう説得すればいいですか?
A. 無理に説得しようとしないことが大切です。「安全のため」「介護が楽だから」と正論を伝えるよりも、本人が納得できる理由や言葉に置き換えることで、受け入れてもらえることがあります。
Q2. パンツ型おむつへの切り替えは、いつ頃が目安ですか?
A. トイレに行けていても「間に合わない失敗」が増えてきた頃が一つの目安です。本人も気づいている場合が多いため、タイミングと言葉の選び方が重要になります。
Q3. 「おむつ」という言葉を使わない方がいいのはなぜですか?
A. 昭和世代の方にとって「おむつ」は、赤ちゃんや終わりを連想させる言葉です。「高機能パンツ」「新しい下着」など、身につけるものとして伝えることで、自尊心を守りやすくなります。
Q4. パンツ型おむつを勧めるときに気をつけることは何ですか?
A. 一度に説明せず、1日1つずつ、さりげなく伝えることがポイントです。本人が「自分で決めた」と感じられる流れを作ることが、切り替え成功につながります。
Q5. 介護者が罪悪感を感じてしまうのですが、どう考えればいいですか?
A. 排泄ケアを快適にする選択は、本人を大切にする行為でもあります。楽をさせるためではなく、尊厳と生活を守るための選択だと考えてよいと思います。

