母と一緒に、断捨離を始めてみた日
今週、たまたま断捨離をテーマにしたYouTubeを、母と一緒に見ていました。
「これ、私たちもやってみようか」
そんな一言から、母と一緒に断捨離を始めることになりました。
とはいえ、着ない服あるあるです。
衣装ケースを開けると、どこから手をつけていいのか分からないほど、ぎっしり。
私が服を広げ、母が「いる」「いらない」を判断する係。
右と左に「いる箱」「いらない箱」と書いた段ボールを置いて、少しでも“やってる感”を出してみました(笑)。
「いる?」「いらない?」そのやり取りが、なんだか楽しい
仕分けを始めると、意外にもテンポよく進みます。
「お母さん、これいる?」
「それはいらないわ。もう着ない」
よしよし、いい調子。
「じゃあ、これは?」
「それもいらない」
ところが、ある服を手に取ったとき、母が一言。
「それは“よそ行き”だからダメ」
久しぶりに聞いた、その言葉。
私の心の中では思わず、(よそって……どこ?)
とツッコミが入りました。
「よそ行き」に込められていた、母の時代の価値観
「でもお母さん、もう着ないよね。車椅子だし……」
そう言うと、母は少し考えてから、こう言いました。
「でも、その服、好きなのよ」
……はい、尊重します。
母の時代は、普段着と、よそ行き。
きちんと使い分けて、大切に着るのが当たり前でした。
私が子どもの頃も、「それはよそ行きだから汚しちゃダメよ」
そう言われて育った記憶があります。
一枚の服の中に、その人が生きてきた時代の価値観や誇りが、ちゃんと残っている。
そう感じた瞬間でした。
なかなか減らない「いる箱」
結局、一箱仕分けしても、「いらない箱」に入ったのは、たった3〜4枚。
……減らないですね(笑)。
でも最近、母は同じ服を何度も着ています。
だから私はこう言いました。
「同じことを、何回か繰り返せばいいよね」
「少しずつ減れば、それでいいよ」
無理に捨てるより、納得して手放すことのほうが、きっと大事。
断捨離は、勢いよりも“気持ちのタイミング”なのだと、改めて感じました。
私自身も、断捨離の真っ最中です
実は、私自身も今、断捨離をしています。
もう入らない服、着る予定のない服を、思い切って整理中です。
正直に言えば、もし私に何かあったら、子どもたちにとっては、ほとんどが「処分するもの」。
相当のゴミ(笑)
先日、友人から聞いた話では、ご両親が亡くなり、地方の実家を丸ごと片づけるのに 270万円 かかったそうです。
「欲しかったのは写真くらいで、あとは全部ゴミだった」
その言葉が、ずっと心に残っています。
……他人事じゃないな、と。
介護をしながら家の中を見渡していると、 「この先、何を残して、何を手放していくか」を考える時間が増えました。 実際に、在宅介護中に、母の体調が急変し 生活や気持ちの整理が追いつかず、不安を感じたことがあります。
▶ 在宅介護中に母の体調が急変した日|震え・反応低下・立てない…見逃せなかった予兆の記録
昭和の家にあった「飾る文化」
昭和は、高度成長期。
新しいものが、次々と生まれた時代でした。
ガラスケース入りの人形、木彫りの熊、えびす大黒、日本人形、羽子板、旅行先で買ったこけし。
我が家にも、大きな羽子板や、定番の「鮭を背負った熊」がありました。
いつの頃からか、
「シンプルな家がいい」
「掃除が楽なほうがいい」
そんな価値観に変わって、飾り物は少しずつ姿を消していきました。
でも、あの頃の家には、暮らしを楽しもうとする気持ちが、確かにあった気がします。
少しずつ、未来のために
まだまだ整理しなければならないものは、山ほどあります。
庭の倉庫を思い浮かべながら、
「そういえば、えびす大黒もあったな……」と、
次の粗大ゴミの申し込みをネットで済ませました。
断捨離は、ただモノを減らす作業ではなく、これまでの人生を振り返る時間なのかもしれません。
在宅介護をしていると、 同じように迷いながら介護を続けている人の記録に、 何度も救われてきました。
自分も介護される側になった時のことも最近考えたりします
▶ 介護の道標|親の老いと向き合い、選択に迷ったときに考えたいこと
母と一緒に。
そして、私自身のこれからのために。
少しずつ、無理せず、手放していこうと思います。

