夜のおむつに排尿できない母と向き合う日々
母が、夜にパンツ型おむつへ排尿することがなかなかできない。
在宅介護をしている中で、思いがけず直面した悩みのひとつです。
私は母のベッドの隣に布団を敷いて休んでいますが、夜中は深く眠ってしまい、母が一人でポータブルトイレへ移動しようとする気配に気づけないことがあります。
母は昨年、左右両方の大腿骨を骨折して手術をしています。ここで転倒し、もし坐骨などを骨折してしまえば、寝たきりになる可能性が一気に高まる。
夜中にふらつきながら一人で移動することだけは、どうしても避けたいのです。
そのため、夜だけは「おむつにしていいよ」「おむつでおしっこしてね」と何度も伝えています。
けれど、それが思うようにできません。
「言えばできる」ことではない理由
これは、言うことを聞かないわけでも、わざとできないわけでもありません。
母の中の“意識”と“身体の感覚”が、まだ一致していないのだと思います。
尿意で目が覚めると、母は「自分でできるはず」と考えます。
ベッドの柵につかまり、ゆっくりですが半身を起こせる日もある。
頑張ればポータブルトイレまで行けた経験もある。
その「できた記憶」があるからこそ、横になったまま意識的におむつへ排尿する、という行為がとても難しい。
結果として、移動に時間がかかりすぎ、途中で間に合わずおむつに排尿してしまう。
「最初からおむつにしてしまえば楽なのに」と思うのは、介護する側の考えであって、
本人の感覚は、まったく別なのだと感じています。
長年の習慣は、簡単には変えられない
赤ちゃんの頃、おむつに排尿していた記憶がある人はいません。
母にとっても同じで、90年近く「トイレで排泄する」ことが当たり前だった人生を、急に変えることは本当に難しい。
病気でまったく動けなくなった、という自覚があれば、頭が「仕方ない」と切り替わるのかもしれません。
けれど、少しでも「自分でできる」という感覚が残っているうちは、
横になったまま排尿することに、心が追いつかない。
これは、尊厳の問題でもあるのだと思います。
少しずつ話し、少しずつ慣れていくしかない
だから今は、無理に結論を出そうとはしていません。
毎日少しずつ話し、母の気持ちを聞きながら、練習を重ねていくしかない。
これは短距離走ではなく、完全に長期戦です。
正直、私自身も「一度、自分で紙パンツをはいて寝てみようかな」と思うことがあります(笑)。
体験しなければ分からない感覚が、きっとあるんじゃないかな?と思うからです。
夜の見守りは、できる工夫を重ねながら
夜は、ベッドの下に足がつきセンサーマットを踏むと、白雪姫の「ハイホー」が鳴るハンディスピーカーを、リビングから母の部屋へ移動し、枕元に置いて休んでいます。
さすがに爆睡していても、ハイホーが大音量で鳴ると飛び起きます(笑)。
完璧にはできなくても、その時点でできる最善を重ねていくしかない。
在宅介護は、そんな毎日の連続だと感じています。
よくある質問(FAQ)
Q1. 夜にパンツ型おむつへ排尿できないのは、本人のわがままなのでしょうか?
A.いいえ、わがままではありません。
多くの場合、長年続けてきた「トイレで排泄する」という生活習慣や、「まだ自分でできる」という意識が残っていることが原因だと思います。身体の状態と心の認識にズレがあると、横になったまま意識的におむつへ排尿することが難しくなります。自分でもやってみましたが、思いの外難しいです。
Q2. 動けるのに、おむつに排尿できないのは普通のことですか?
A.はい、とても自然な反応です。
少しでも自力で動ける感覚があると、「トイレに行けるはず」「自分でできる」という気持ちが強く働きます。その結果、横になったまま排尿することに心が追いつかず、うまくいかないことがあるようです。これは尊厳や長年の習慣が深く関係しています。
Q3. 夜中の転倒を防ぐために、在宅介護でできる工夫はありますか?
A.センサーマットや音がしっかり聞こえる見守り機器の活用が有効です。
夜間は特に見守り体制を意識し、無理に一人で移動しなくても済む環境を整えることが大切だと思います。完璧を目指すよりも、その家庭でできる工夫を少しずつ重ねていくことが現実的です。
Q4. おむつでの排尿に慣れてもらうには、どうしたらいいですか?
A.急に切り替えようとせず、本人の気持ちを尊重しながら少しずつ話をし、練習を重ねていくことが大切だと思います。短期間で解決しようとすると、本人も介護する側もつらくなってしまいます。長期的な視点で見守る姿勢が大切です。






