母の筋力低下を、はっきりと感じた一週間
今週は、母の筋力低下をこれまで以上にはっきりと実感した一週間でした。
- ポータブルトイレに移動するとき。
- 車椅子へ移るとき。
- 車に乗り込むとき。
- お茶碗を持つ手。
- コップで水を飲むとき。
一つひとつの動作の中で、手の力、足の力が驚くほど弱くなっていることを感じます。
「筋力は、意識して保っていないと年を重ねてから一気に落ちる」
頭ではわかっていたつもりでしたが、目の前の母の姿を見て、改めて突きつけられました。
同時に、「私自身も筋力をつけておかなければ」と、強く反省しています。
筋力が落ちてくると、「立つ」「またぐ」といった動作が、想像以上に難しくなります。
実際、在宅介護で家の湯船に挑戦したとき、準備万端でも危険を感じた経験がありました。
👉 在宅介護で家の湯船に挑戦した結果|準備万端でも危なかった入浴の現実
食欲の低下と、介助が必要になった食事の時間
最近は、母の食欲も少しずつ落ちてきました。
それがまた、不安を大きくします。
今週は体調が今ひとつで、特に水を飲む動作が難しそうでした。
コップを口に運ぶ位置が定まらず、何度かこぼしてしまうことも。
お茶碗を持つ手も安定せず、斜めになってしまうため、今日は私が食べさせる形になりました。
ただ、母は「できるだけ自分でやりたい」という気持ちがあるようで、完全に任せるのではなく、手を添える形で最後まで食べました。
それでも、食後のぐったりした様子が気になります。
咳は落ち着き、熱もないので、ひとまずは一安心。
けれど「元気そうに見える」と「体力が戻っている」は、決して同じではないのだと、改めて感じました。
「できなくなる自分」を、母も感じている
よく「赤ちゃん返り」という言葉を聞きますが、母を見ていると、それだけでは説明できない感情があるように思います。
私では難しいことも、息子(母から見たら孫)が手を貸すと、すっとできることがある。
それを見ていると、単純な筋力だけではなく、安心感や気持ちの問題も大きいのだと感じます。
日々、今までできていたことが少しずつできなくなる。
母自身も、その変化に気づいているからこそ、不安になったり、もどかしさを感じているのだと思います。
言葉がうまく出てこない。
伝えたいことがまとまらない。
その苛立ちが、母の中で静かに積もっているのかもしれません。
だから今は、無理に正そうとせず、できるだけ穏やかに、母の気持ちを尊重していくしかない。
そう自分に言い聞かせています。
退院直後の在宅生活で感じた安心感や、家に戻ったことで見えた変化については、
👉 退院直後の在宅介護で見えてきた暮らしの工夫
にまとめています。
台湾パイナップルと、ほんの少しの安心
息子が、母の好きな台湾パイナップルを買ってきてくれました。
母のベッドに私も腰を下ろし、テレビを見ながら一緒に食べる時間。
ほんの短いひとときですが、こういう時間が、私の心を少しだけ軽くしてくれます。
息子が来ると、母は手すりにつかまって立つことがあるそうで、「本当に立てないのか、それとも今は不安が勝っているのか」正直なところ、まだ判断はつきません。
明日、天気が良ければ、少しだけ外の空気を吸わせてみようと思っています。
できるかどうかよりも、やってみること。
今は、その一歩を大切にしたいです。
まとめ|変化を受け止めながら、今日を重ねる
介護の中で、少し気持ちが軽くなった瞬間については、
👉 介護中に感じた喜びと学び|今日の小さな発見
にまとめています。
筋力の低下は、避けられない現実かもしれません。
でも、その変化をどう受け止め、どう寄り添うかは、私たち家族に委ねられています。
焦らず、責めず、できることを一つずつ。
今日も母と一緒に、静かに一日を終えられたことに感謝しながら、また明日を迎えたいと思います。

